ジハーディ・ジョンの人生が可哀想だった

ジハーディ・ジョンの生涯が、若干可哀想だったようで注目を集めているようです。1988年にクウェートで誕生、湾岸戦争後の6歳のときに家族でイングランドに移民し、それからは西ロンドンで育っていたのだそう。その上、ロンドンのウエストミンスター大学出身、コンピュータ・プログラミング学士を取得し、順風満帆の人生に見えましたよね。礼儀正しく、オシャレ、知らない女性とは目を合わせないようにしていたなど、好青年風に聞こえます。

それがおかしくなってしまったのは、卒業旅行でタンザニアのサファリツアーに行こうとしたら、イギリス当局がAl-Shabaab(アル・シャバブ)に参加するためソマリア渡航したのだと勘違いし、さらにイギリスの情報機関MI5とオランダのシークレットサービスの2人に事情聴取を受け、Al-Shabaab(アル・シャバブ)に参加してスパイをしないかと仕事を依頼されたそうですが、断ったんだそうです。

これで起こった彼は、クウェートへ引っ越し、現地のIT企業に就職、婚約したのに破談となったのだとか。ロンドンに何回か引っ越し後も渡ったそうですが、やっぱりクウェートに帰る最後の渡航中に、ロンドンの空港で警察に数時間ほど拘留され、身体検査を受けたそうで、クウェートがエムワジのビザを無効にし、なんと二人目の婚約者も失う羽目に。ちなみに、彼はサウジアラビアで英語の先生になろうとしていたらしいですよ。なんかちょっと、可哀想。